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001 移住者だけで座談会 パート① <前編>
トークテーマ:移住者×地元民 つながるまちを目指して

十和田の人々は、どんな「時」をすごしているのか。街が好きな人、アートが好きな人、自然が好きな人。そんな“今”を住む人のことばから、まちの姿を発見していくウェブマガジン「とわだを読む 移住の語LOG(カタログ)」。1回目となる今回は、十和田に移り住み、事業を展開する若手起業家たちが商店街のコミュニティスペース&オフィス「14-54(イチヨンゴーヨン)」に集まりました。ウェブ、グラフィックデザイン、翻訳、建築とそれぞれのフィールドで活躍する移住者4人が思い描く十和田は、どんなまち?

  • 株式会社ビーコーズ 代表取締役
    村岡 将利

    1986年、青森県十和田市生まれ。東京電機大学で情報通信工学を学び、都内のIT関連企業に就職。2016年、夫婦でUターン。同年4月、WEB制作会社(株)ビーコーズを設立。また、働き方や生き方を学べる人材育成の場『村岡塾』を開き、異世代交流の場としての活用も目指している。
    株式会社ビーコーズ
    http://be-cause.co.jp/

  • 渡部環境設計事務所
    渡部 良平

    一級建築士。渡部環境設計事務所代表。1983年、東京都調布市生まれの多摩市育ち。工学院大学大学院修士課程修了。建築設計事務所に勤務し、学校や公共施設などの設計に携わる。16年1月、移住を機に渡部環境設計事務所を夫婦共同で設立。移住後の16年3月に長男が誕生。
    渡部環境設計事務所
    http://watabe-aa.com/

  • 字と図 デザイナー
    吉田 進

    1976年、東京都杉並区出身。多摩美術大学在学中からデザイン会社に勤務し、フリーランスを経て起業。十和田市出身の妻・千枝子さんの第二子妊娠・出産を機に2013年、十和田市に移住。夫婦で創作ユニット「字と図」をスタート。イベントプロデュースなどにも活動の幅を広げる。
    字と図
    http://jitozu.com/

  • 株式会社Queen&Co. 取締役
    アレックス・クイーン

    1988年アメリカ・ネブラスカ州生まれ。19歳で外国青年招致事業の最年少参加者として青森県むつ市に赴任。語学指導を行う。その後、学校法人慶應義塾に勤務。2016年、(株)Queen&Co.を共同設立。翻訳・通訳事業をはじめシステム開発、デジタルメディア制作等、多岐にわたる事業を展開。同年、十和田市へ移住。
    株式会社Queen&Co.
    http://queenand.co/

Q.十和田に住んでみて、率直な感想を教えてください。

<仕事の規模は縮小、自由度&モチベーションUP>

僕は東京でデザインの会社を経営していて、組織を作ってやっていたので、こっちに来て夫婦2人でやるようになって、仕事の量は減りました。でも、質は良くなりました。お金の面では減ったけど、やりがいとか、作るものの種類は増えたし、自分の好きなものを作れるようになりました。簡単に言うと、前は企業の社史やコーポレートツールがすごく多かったんだけど、こっちに来てからは初めて小学校がクライアントになったり、地酒のラベルを作ったりとか、地域のものを作るようになった。それが国際アワードで賞を取ったりして。以前のスタイルで仕事をしていてもこの賞はいただけなかったかなと。

アレックスさんのご出身はアメリカですが、日本語が本当にご堪能で。移住前はどちらにいらしたんですか?

東京です。でも14歳から夏の間だけ5年間、ホームステイで青森県五所川原市に来てたんです。19歳で大学院を卒業後に、青森県にまた行きたい!と思いまして。戻りたい、でも仕事がない。どうすればいいか考えてALT(外国語指導助手)になって、青森県むつ市に3年半ぐらい住みました。ですが、このままずっと英語の先生というのもな…と。もっと何かやってみたいという気持ちがあって、東京でスキルを身に着けてから戻ってこようと出稼ぎに出たんです。東京では慶應義塾大学に勤務していました。

…Uターン(笑)。

「出稼ぎ」に「Uターン」。感覚がすでに日本人ですね(笑)。

(笑)。十和田市現代美術館のお仕事をいただいて、去年の12月にこっちに来ました。20歳ぐらいのときから青森県立美術館とACAC(国際芸術センター青森)の翻訳を担当していて、慶應義塾に勤めるかたわら、個人事業として翻訳の仕事を続けていたんですが、そのつながりで十和田市現代美術館の方を紹介していただいて、お仕事のオファーが来たんですね。

いいタイミングだったんだね。

いいタイミングでしたね。…いや、あまりよくないタイミングだったかも(笑)。正直、苦しい選択でした。

東京を離れたくないとか?

東京は離れたいけれどもお金がない、とか。慶應義塾の専任職員だったし。専任で大学職員になった外国人は、中国人1人、韓国人1人。人種で決めたくはないですけど、白人では僕が初めてだったんです。管理職の方まで気にかけてくださり、期待も寄せられている部分もありました。正社員になって2~3年で辞めるというのは、せっかくいただいたチャンスなのに期待に応えられないという、申し訳ない思いがありました。

   

よくぞ来たね!

正直、お給料もいいし、退職金とかも全部、完備されている。その最高の職場を蹴り捨てて田舎に帰ってくる。食っていけるかも分からないのに…っていうのは、苦しい選択でした。来てからは従業員から経営者になったから、そこはガラッと変わりました。仕事の量も増えたし、責任も増えたし、仕事している時間も増えたんだけど、やりがいはあります。充実しています。コミュニティもあります。だからこちらの方が断然いい。悔いはまったくありません。

僕はもともと十和田にUターンするって決めていて、移住前と移住後で変わらないようにって考えてました。東京ではIT企業の会社員をやってたから、この職種ならどこでも仕事ができるんじゃないかと思って、まず個人事業主として独立して2年ちょい。その間は東京の仕事だけでしたが、やり方をリモートワーク中心にして、僕が帰った後の仕事の様子をお客さんも想像できる形を意識しました。「僕は地元に帰るので、それでよければお願いします」って言いながら続けてきたので、仕事面ではほぼそのまま。逆にこっちで新規の案件がまだ少なくて、今2年目でようやくという感じです。去年は東京から新規のお仕事をいただいて、そこをメインにしていました。今年はウェブデザイナーが入って、僕はシステム系なので目に見えないところを、彼は目に見える部分をやることで幅が広がりました。こっちでは特に、目に見える部分が判断材料になりやすいので。東京の仕事を続けながら地元でもだんだん増やしていけたらいいですね。新しいものをこっちで作りたい。帰ってきた理由はほぼそれだけなので、アクション起こしていかなきゃなと。

僕も仕事の規模は圧倒的に小さくなりました。何千平米クラスから数百平米に、設計だけで10~20人携わる仕事から妻と2人でやる規模になったので、その分責任が増えるわけですけど、目の届く範囲も広がって、隅々まで見られる。仕事量も規模に比例して減ったけど、それが子どもが生まれた時期と重なったので、子育ての時間が取れて僕にはちょうどよかった。これからは徐々に仕事を増やしていきたいと思っています。

ちなみにこちら 14-54(イチヨンゴーヨン)も渡部さんのデザイン監修です。

大きい建築物だと、構造・設備や音響など、多くの専門分野の方とお仕事をするんですが、今は自分たちで目を通して作る。やりがいは増えていますね。結局、自分次第なんですよね。「疲れた」って寝ちゃえばそれでもいいんだけど、頑張り続ければその分、目に見えていいものができる。他人の影響なく、自分の時間の使い方でコントロールできるので、そこはやりやすくなりました。

Q.十和田の仕事環境は?

<オフィス環境◎ 職種によっては交通費がネック?>

働きやすさは抜群にいいと思います。個人になったことで動きやすくなったし、家で仕事しているから、子どもの面倒を見ながら仕事できる。東京ではできなかったことの1つだね。  

通勤時間ゼロ。働く姿を子どもに見せられるのも、農業など家族で仕事することが多かった昔と違い、今はなかなかできない貴重なことだと思います。

邪魔もされますけどね。PCで仕事中に「アマゾンプライムでアニメ観たい」って(笑)。

僕は仕事場が商店街なので便利ですね。徒歩圏内にかけ流しの温泉があるし。みちのく温泉、週3~4回ぐらい行ってます。スーパーヤマヨもすぐ近くですし。さっきもヤマヨでお弁当買ったら、250円! 破格の値段でお昼が食べられるし、僕も通勤時間はゼロ。自宅とオフィスがくっついてるので。環境いいです。これ以上の場所は求めてもないでしょうね。

でも、邪魔されるでしょ(笑)。誰かしらいきなり来ちゃって。

されますね(笑)。「いる~?」って。まぁでもそれもこの場所の良さでもあって。誰か来ると嬉しいですよね。東京ではなかったことです。東京ではコミュニティっていうのは、職場と恋人ぐらいしかないですよね。ここはそれ以外にも、まちのコミュニティがある。来て1年足らずですけど、確実に輪が広がっていくのは感じていますね。

吉田さんはご自宅の一部を改装して仕事場にしていらっしゃいますし、アレックスさんのオフィスはこの14-54(イチヨンゴーヨン)。村岡さんは一軒家を借りてお仕事をされているそうですが、いかがですか?

やろうと思ってたことができるんだっていう手応えがまずあります。ただ、ずっとクライアントと会わないというのがネックになるかな。仕事の進行上は問題なくても、人と人との付き合いの中で仕事をしているので、ずっと顔を合わせないのは違和感がある。今は月に1回東京に行って挨拶して、仕事をするというよりは一緒にお酒飲んだり。けど…。会うためには時間とお金がかかってしまう。月一回でもバカにならないお金がかかるっていうのが正直な感想です。

そこは想定外だった?

想定してはいたんですけど、もっと会う間隔が長くなっていくかなと思っていたのが、新しいお客様が増えるとそうもいかなくて。2ヶ月に1回なら全然いいんですけど。僕も会えると嬉しいけど、交通費が…。

分かる!

距離の問題っていうのはあるんだね。

でも逆に言うと、そのくらいかな。問題は。

東京の仕事が多いから?

そうですね。そこが大きなウェイトを占めています。

首都圏のお仕事と県内のお仕事だと、報酬面で違う? 首都圏の仕事を柱に据えないと成り立たない現実があるのでしょうか?

それぞれお客さんがどう受け止めてくれるかの問題だから、金額は、東京と地元であまり変わらないかも。ただ、需要が圧倒的にこっちは少なくて。お金の叩きあいで勝負するのは嫌だし、知っている人がライバルになったら戦いたくなくなる。基本は新規開拓は口コミ。まず需要そのものを作らないといけないと思っていて。僕の専門はウェブなんですけど、ただ「ホームページ作りましょう」ではなくて、なんで作るのかを伝えたい。そこに新しい価値観を作り出していく会社だよっていうのをもっとアピールしていきたい。こっちから営業をかけるんじゃなくて、お客様の方から声がかかる会社にしていきたいと思っています。

僕はもともと、仕事は圧倒的にやりにくくなるだろう、ただ、人間関係の面ではこっちのほうがつながりが濃いだろうと思って来ました。たとえば専門書が手に入らないとか。模型を作ろうにも材料を売っている場所がないとか。仕事っていう面だけで切り取ると、やりにくくなってはいますね。エンジニアとか、建築をやる上で切っても切れない専門家の人たちも、青森は県全体で見ても少ない。建築学科のある大学が少ないこととも関係があると思います。でも、そういう便利さじゃないところを求めて移住してきているので。

インターネットは検索が主。知識や目的がないと情報にたどり着けない面がありますが、本屋さんはたくさん並ぶ本の中から偶然の出会いがあったり、空間そのものの良さもありますよね。

知識が広がるという意味では、本で新しい知識を得るとか、生の建物を見に行くとか、そういうところが一番勉強になる、刺激を受けるところ。その点がちょっと希薄かなという風には思います。

後編へつづく。準備でき次第掲載致します。

今回の取材場所

14-54

十和田市の中心に位置する14-54(イチヨンゴーヨン)は、「街に開かれた場所」をコンセプトに、株式会社Queen & Co.、十和田市現代美術館、そして十和田市の地域おこし協力隊が共同運営する新しい参加型オープンスペースです。
中には現美ライブラリーやイベントスペース、そしてコワーキングスペースが設置されるほか、誰もが気軽に立ち寄ることのできる、居心地のよい場所を目指します。イベント、ワークショップ等にぜひお使いください。
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