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002 移住者だけで座談会 パート①<後編>
トークテーマ:移住者×地元民 つながるまちを目指して

  • 株式会社ビーコーズ
    村岡 将利

    1986年、青森県十和田市生まれ。東京電機大学で情報通信工学を学び、都内のIT関連企業に就職。2016年、夫婦でUターン。同年4月、WEB制作会社(株)ビーコーズを設立。また、働き方や生き方を学べる 人材育成の場『村岡塾』を開き、異世代交流の場としての活用も目指している。
    株式会社ビーコーズ
    http://be-cause.co.jp/

  • 渡部環境設計事務所
    渡部 良平

    一級建築士。渡部環境設計事務所代表。1983年、東京都調布市生まれの多摩市育ち。工学院大学大学院修士課程修了。建築設計事務所に勤務し、学校や公共施設などの設計に携わる。16年1月、移住を機 に渡部環境設計事務所を夫婦共同で設立。移住後の16年3月に長男が誕生。
    渡部環境設計事務所
    http://watabe-aa.com/

  • 字と図 デザイナー
    吉田 進

    1976年、東京都杉並区出身。多摩美術大学在学中からデザイン会社に勤務し、フリーランスを経て起業。十和田市出身の妻・千枝子さんの第二子妊娠・出産を機に2013年、十和田市に移住。夫婦で創作ユニット「字と図」をスタート。イベントプロデュースなどに も活動の幅を広げる。
    字と図
    http://jitozu.com/

  • 株式会社Queen&Co. 取締役
    アレックス・クイーン

    1988年アメリカ・ネブラスカ州生まれ。19歳で外国青年招致事業の最年少参加者として青森県むつ市に赴任。語学指導を行う。その後、学校法人慶應義塾に勤務。2016年、(株)Queen&Co.を共同設立。翻訳・通訳事業をはじめシステム開発、デジタルメディア制作等、多岐にわたる事業を展開。同年、十和田市へ移住。
    株式会社Queen&Co.
    http://queenand.co/

Q.十和田で起業、その可能性は?

地域に足りなかったスキルを提供し、ニーズを生み出す

村岡さんのようなリモートワークやフレキシブルな働き方に憧れる若者は潜在的にたくさんいるような気がしますが、十和田で起業する、その可能性についてはみなさんどう思われますか?

たとえば自分のクライアントが100%十和田だったら厳しいよね。

僕は年商の8割ぐらいは東京から引っ張っていますね。村岡さんと同じで、東京で営業してクライアントを作って、それをこっちに持って帰ってじっくりとやる、というスタイルです。

僕は95%ぐらい青森県ですよ。東京の仕事は全部、後任に渡してきちゃったので、一からやり直して。

吉田さんは移住当時、別のお仕事もされていたとか。

こっちに来てもデザインの仕事はないと言われていたので、最初は地元の酒蔵に勤めたんです。2年ぐらい酒蔵の仕事をやりつつも、その間にデザインの仕事がけっこう入ってくるようになって。一つの仕事を誰かが見ていてくれて、次の仕事につながっていくという…わらしべ長者みたいなものですね(笑)。その繰り返しで今に至っているので、起業の可能性はないわけじゃないと思う。ここに集まった人は、みんなそれぞれ技術を持っているじゃないですか。技術者だったら、どこにいても仕事ができるんじゃない? ウェブ系の人は、それがもっと叶いやすいだろうし。僕らみたいにグラフィックの人間は、お客さんとの距離がもっと短くて、多分、東京の仕事を引っ張ってこようと思っても、難しい。

作業自体は離れててもいいけど…。

そうそう。でも業界のならわしというか、打ち合わせは対面で、みたいなところがあるから。建築なんて、現場にいないとダメだからもっと密着型ですよね。

作業は、意外と全然どこでもできるんですけどね。今の仕事はほぼ青森県内。お話がきているのも含めて全部、県内です。首都圏で継続している仕事があるにはありますが、それは売上ベースというよりは人付き合いで続いています。

こちらで起業するのに必要なのはスキルと、人付き合い?

それは東京でもそうかも(笑)。

ジャンルによるんですよね。例えばウェブデザインやっている人は、東京に何人いるか?その中から選ばれるのは難しいけど、十和田の中で選ぼうとなったらそもそもの母体が少ないので、選ばれ易くなると思います。

そのエリアの中で人がやっていないことをやる。

62,500分の1、になれればね。 ※十和田の人口,約62,500人

でもそれが難しい。そもそも需要がないから他に誰もやってないという場合もあるから(笑)。でも、そこに挑戦して頑張れれば、食べていけるんじゃないかな。

潜在的なニーズの見極め。それから、お客さん側の教育、意識を変えるというのもありますよね。この技術が何の役に立つのかすら分からないところから、「こういう役に立ちます」と見せること。

確かに、そういうリテラシーが低いところは各分野あると思う。メリットや必要性を共有するところからですね。

ニーズを生み出すってことですね。

Q.人・街とつながるコツは?

多様なコミュニティと”開拓のまち”ならではのオープンマインドが特徴

皆さん、つながりを作るのに意識していることやコツはありますか?

Uターンを決める前から、東京で青森県出身者とか青森好きのコミュニティをネットや県人会で探しました。そこで知り合った人が、青森県内在住の知り合いとつなげてくれて。

(村岡さんと自分を指さしながら)ここのつながりはそう。将利くんは勉強してから来てるからすごいよね。僕なんて来たときは全然知り合いもいなくて、奥さんの知り合いとか、幼稚園の保護者とかから。

アレックスさんと吉田さんはどうやって知り合ったんですか?

お仕事で美術館によく行くんですよ。そしたらガイジンがうろちょろしているから(笑)。

仕事ですよ(笑)!

アレックスは日本語喋れるから、「今こういうところ『14-54(イチヨンゴーヨン)』をつくってる」って。それでここ(14-54)に遊びにきたら「設計士を探してる」っていうから、渡部くんを紹介して。この3人はそういうつながりです。

僕と村岡さんは、松本茶舗さんの屋台交流会が初対面だったかな。

僕と村岡さんは居酒屋で、マスターに紹介されました。そこは週1~2回くらい行きます。居酒屋のマスターが色々な人を紹介してくれて、地元の方と接点を持つ場になってます。地元のりんご農家さんとか建設会社の方とか。

僕は十和田出身なので、高校までの友人、先輩とかからまたつながって。友だちの友だちから仕事の話があったり。

渡部くんと僕は、この日々コレがきっかけ。同じ時期に取材受けてたから。アレ?知らない人だなと思って連絡とってもらったの。

多分そこで誰がつなぐかによって、全然違うと思います。ただ紹介しても、うまくつながらないことがあって…その辺は難しいです。間に入る人が紹介する両方のことをよく知って、本当に合いそうだからと紹介するんだったら、どんどん人の輪は広がる。キーパーソンになる人が人柄とかニーズを見極めてつなぐ。ちゃんと求めているところにつながないと、うまくいかないですよね。ここにいる人たちが自然につながったのは、そういうキーパーソンが上手につないでくれたからなのかな。

話が変わりますけど、村岡家は十和田に住んで何代目ですか?

二代目ですね。親と僕。

十和田って“移住者のまち”という意味では、明治以降に本格的に開拓されたまちだから…。

全員、移住者じゃん。

でしょう。だから歓迎されやすいのかも。こんなに人とすぐに打ち解けられることは少ないから、十和田に来てびっくりしてます。

もう十和田市民は全員移住者だ!と。そういうプロモーションすればどうでしょうね。移住したいって人も入りやすいし、先に住んでいる人も受け入れやすくなるんじゃない?

150年前の移住者、100年前の移住者、50年前の移住者、3年目の移住者…みたいな(笑)。

それ、いいかもね(笑)。150周年の移住者と今の移住者の比較とかさ。いいと思うよ!

(笑)。

「あなたは移住何人目です」とかね。移住番号ひとケタの人、会ってみたいですね。僕は今、四世代で住んでるんですよ。おばあちゃん、お母さん、僕らと子どもたち。おばあちゃんが最初に開拓で来て、十和田では軍馬を育てていたから、みんな馬小屋に住んでたんですって。実感がこもったまちの歴史を聞けるのはいいね。

乗馬クラブとかネイチャーガイドも一つのコミュニティとして、それ以外に秋祭りとか、「天祈り(てのり)」っていう日本酒を市民の手でつくるとか、自分の趣味、興味次第でコミュニティは色々ある。東京にはなかったね。

東京にいたときは隣に住んでいる人も知らなかったけど、こっちはもっと開かれてる感じ。まちに住んで仕事もしているから、仕事とプライべート、まちと人、人と人との関係が近い。まちがいい意味で小さいので、“仕事の人は仕事の人”、“友だちは友だち”と切れてないっていうか、そういうつながりが、都心で仕事をしてたときとは違うと思いますね。村岡塾も行きたいなぁ。

村岡さんがご自分のオフィスで開かれている「村岡塾」。具体的な活動は?

今、塾生として僕の同級生が来ています。時間に拘束されない働き方に憧れていて、林業をやりつつ副業で何ができるか可能性を探りたいということで、仕事が終わって7時半ごろから2時間ぐらい。将来はこっちにいながら東京の仕事をしたり行ったりしたいとのことで、具体的な作業もしますし、僕の経験やビジョンも話します。経験の延長線上でしか教えられないと思っていて。そもそも「村岡塾」って打ち出したのは、地元で何かやりたいことや考えていることがある人に来てもらって、考えを形にできればと思ってのことだったんですね。それもあって、学生さんや帰省する人から「どんなことをやるんですか?」ってFacebookを通じて連絡がきます。

勤務地や時間に関してフレキシブルに仕事がしたい人。

そうですね。お話しして、色々なアプローチの仕方を一緒に考える感じが多いです。アドバイスもするし、一緒に話し合って、ああだこうだと。

講義するというより、一緒に話し合える場のような位置づけですね。

誰でも来ていいと思っているので。異世代間交流の場にできたらいいですね。

そんなこと言ったら仕事できないぐらい来ちゃうかも(笑)。

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