とわだを読む 日々の語LOG

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住まば十和田。旅と暮らしが重なるまちで、
観光の“今”をつくる移住者たち ~前編~

「住まば日本(ひのもと) 遊ばば十和田 歩きゃ奥入瀬三里半」—美文家として知られた文人・大町桂月が、雄大な十和田湖周辺の自然を歌に詠んだのは明治時代末のこと。以来、観光地としての十和田地域の名声は全国に知られるようになり、現在では海外からも多くの観光客が訪れます。今回の語LOGでは、そんな十和田の観光を支える移住者にフォーカス。2019年に始動した十和田奥入瀬観光機構スタッフのお二人にお話を伺いました。

  • いそ しおり
    磯 汐梨

    1992年生まれ、茨城県笠間市出身。JTBツーリズムビジネスカレッジ卒業後、2013年より株式会社JTBガイアレックにて営業・企画職を経験。2018年1月よりワーキングホリデーでカナダ・バンクーバーに滞在。帰国後は英会話講師となる。2021年4月、(一社)十和田奥入瀬観光機構に入職。現在は企画マーケティング部に所属し、観光コンテンツの企画、観光を通じた地域振興に従事。総合旅行業務取扱管理者資格を持ち「氷瀑ツアー」などに携わる。
    (一社)十和田奥入瀬観光機構 https://www.towada.travel/

世界を見た旅好きが選んだのは十和田。観光を通じて地域をつくる

学生時代から、観光に関心があったそうですね。

はい。10代で「やりたいことに出会ってしまった」という感じです。観光の専門学校で学んだ後は、そのまま旅行会社に就職しました。旅行会社時代は、「首都圏から地方にいかに多くのお客様を送り出すか」という考え方で仕事をしていたのですが、やっているうちに、送るだけでは物足りなくなってしまって。「地方発信で観光をやりたい」という気持ちが芽生え始めました。 その後はワーキングホリデーで海外に行ったり、コロナ禍の頃は他の仕事もしましたが、結局、観光に戻りました。

観光のお仕事が本当にお好きなんですね。となると、まずはご自身が旅行好きですか?

はい。国内も海外もいろいろ行きましたね。ワーキングホリデーでカナダに1年間滞在した他は、アメリカ、イギリス、フランス、シンガポール、ベトナムなど。国内だと北海道から沖縄まで、ほとんどの都道府県に行きました。広島と愛媛を結ぶ「しまなみ海道」は、気持ちよかったな。

いろいろな場所を訪れる中でも、十和田で働くことを選んだのはどうしてですか?

正直に言ってしまうと、北海道でも沖縄でもよかったんですよ。2021年の春にこちらに来たのですが、当時は全国で仕事を探していたので。その中で、たまたまご縁があったのが十和田なんですけれども…振り返ってみると、十和田が有名な観光地だから来たっていうのは絶対あります。

観光業に携わるお立場から「ここは可能性があるぞ」と?

そうですね。私が入職したのは、十和田のDMO((一社)十和田奥入瀬観光機構)が立ち上がって2~3年した頃だと思いますが、有名な観光地だからこそ抱える課題に、DMOとしても個人としても、やりがいを見いだせるんじゃないかと感じました。

DMOではどんなお仕事をしているのでしょうか?

ツアーの企画や実施もしていますが、観光を通した地域おこしが主な仕事です。地域の方々と話し合って、地域課題の解決策を見出したり、一緒にインバウンドの受け入れ体制を整えたりしています。

地域おこしの1つの策として旅行商品の開発も入ってくるようなイメージですか?

そうですね。自然や食、人材といった地域の資源を組み合わせて新しい価値を生み出し、十和田市に訪れるきっかけを生み出しています。 例えば12月~3月にやっている「氷瀑ツアー」は近年特に人気ですね。小学生を対象とした「イングリッシュサマーキャンプ」も昨年、試験的にやったところ人気で、今年から本格的に始めました。英語ネイティブの講師が1日帯同するサマーキャンプで、英語を使いながら十和田湖でカレーを作ったり、カヌーに乗ったりする日帰り企画です。

どちらも面白そうです。自然という地域の資源を生かし、そこに新たな視点を加えて魅力を引き出すわけですね。しかしお仕事はツアーの企画だけではないということですが、例えばどんなことをするんですか?

十和田地域の課題として挙げられるのが、交通の不便さです。観光客が空港や駅に着いて、そこからホテルや観光地に移動する手段を「二次交通」と呼ぶのですが、このエリアはそれが少し弱い。路線バスもありますが、本数が多くはなく、特に冬は、場所によっては宿がほぼ孤立状態になります。この不便さは地域住民にとっても以前からの課題でした。 インフラの問題ですから、解消のためには私たち観光事業者だけでなく、行政の力も必要ですし、宿とも連携しなくては実現しません。関係者が時間をかけて話し合って合意形成をしていく必要があります。 観光というテーマのもとに人が集まれば、難しい課題にもみんなで取り組んでいける。さまざまな立場の人を一つの方向に向かせる役割が、観光業にはあるのかなと思います。

観光は裾野が広い分野ですものね。

はい。宿泊・飲食・交通業に、自然や歴史、文化もコンテンツになりますから、そういった分野に携わる方々も関係します。福祉なども関わると思いますね。分野や業種を横断しているからこそ、うまく仕組みが作れれば地域が潤います。地域外からどう人を呼んで、どう喜んでいただき、その過程でどう消費してもらうのか。日々考えています。

あとは、インバウンドの受け入れ体制強化もされていると先ほど話されていましたね。

はい。観光関係者に向けて英語や中国語のセミナーを開いたり、観光ガイドさんの育成に取り組んでいます。私たちDMOは、直接お客様をおもてなしする最前線の方々をサポートする役目もありますから。

DMOの役割には、観光事業者のサポートも含まれるんですね。

そうですね。「どうお客様を呼ぶのか」と「どう満足度を上げるのか」を両輪で考えていて、観光スタッフさんのサポートや育成は、後者です。

十和田湖・奥入瀬渓流に抱かれる暮らしには、安心感と優越感がある

次にプライベートのことを伺いたいのですが。海外在住経験もあり、もともと旅好きということで、移住にもあまり不安はなかったですか?

はい、むしろ楽しみしかなくて。

移住に関する制度などは利用されましたか?

いいえ。検討はしましたが、制度を使うことで制約される面もあると感じて、普通に就職するということでいいかなと。

現在は移住4年目に入られたところですね。住まわれてみて、どうですか?

すごく住みやすいですよ。自分の車は最近まで持っていませんでした。それでも、街がコンパクトだから生活できちゃいます。買い物にも困らないし、少し歩けば市役所がありますしね。自然もいっぱいですし。

でも例えば磯さんの地元の笠間市は焼き物の町で知られていて、自然も…ありますよね?

でも、何かが違うんですよ。何が違うんだろう? うーん…。やっぱり十和田湖、奥入瀬渓流が近くにあるっていう安心感、さらに多少の優越感があるかもしれない。「いいでしょ?」って自慢したい、みたいな(笑)。あとは十和田市現代美術館とか、アート作品のある街並みも良いなって思いますし。そういう素敵な景色の一部に自分がなれていることが嬉しいです。

「そこにいる自分も好きになれる」みたいな感覚でしょうか?

そうそう。ちょっとしたところがフォトジェニックだし、カフェも増えているし、気分が上がりますよ。あとは観光地だからか、地域住民の方に“ウェルカム感”があるのも好き。

移住者であり観光に携わる立場でもある磯さんから見て、十和田の観光の魅力はどういうところにあると思われますか?

奥入瀬渓流に十和田湖、美術館と色々見どころはありますが、私は、もう一歩踏み込んだところも観光資源だと思ってます。安全に過ごせることとか、普段市民が行く温泉質の銭湯とか、豚肉をよく食べる食文化とか。

十和田の方は豚肉をよく召し上がるんですか?

軟骨(パイカ)とか豚タンとか、ほかの場所ではスーパーでこんなに売ってなかった(笑)。そういう街の個性に、ちょっとしたカルチャーショックを感じるのが好きなんですよ、私。

それが磯さんの旅の醍醐味だったりするんでしょうか?

そうですね! 旅が好きなのは、異文化を感じるのが好きだから。特に、自然環境と人の営みが密接に繋がってると感じられるポイントを発見すると、グッときます。例えば東北地方って、瓦屋根が少ないじゃないですか。それって雪国だからかな、とか。

なるほど。では、そんな磯さんの十和田のおすすめスポットは…スーパーとかですか(笑)?

いえいえ(笑)。やっぱり奥入瀬渓流を歩いてほしいですよ。車の中から見るだけじゃなく、歩いてほしい。実は私自身も奥入瀬の自然の力を日々実感していて。仕事で何か「うわーっ」て思うことがあっても、2~3分、奥入瀬を歩いて深呼吸すれば落ち着く。不思議です。

どんなお仕事でも苦労はつきものでしょうけれど、落ち込んだときにもれなくリフレッシュできる場所が、十和田にはあるわけですね。

はい。ストレスの度合いが、やっぱり満員電車に揺られて通勤していたときとは違います。 そのあたりは他の移住者の皆さんも同様に感じている部分があると思うんですけど。春夏秋冬すぐそばにこの自然を感じられるって、贅沢でよね。

住む人も訪れる人も満足できるまちを目指して、「観光」にできることを

自然がそばにある安心感。体験してみたい人はきっと少なくないでしょうね。ありがとうございます。 では最後に、今後のことについてお聞かせください。お仕事やプライベートで、やってみたいことは?

仕事に関して言えば、観光の現場って今、ひと昔前と比べて格段にやることが増えているんですよ。インバウンド受け入れの体制づくり、多言語対応やキャッシュレス導入推進、とはいえオーバーツーリズムにはならずに住民との調整を図っていかなくてはいけない、とか。これは十和田に限ったことではないんですけど。

その中で十和田にこれから必要なのは、今ある自然資源を保全しつつ、どう利活用していくか。そのバランスを上手に取るには、観光客もある程度、旅先の環境に対して責任を持たなくてはいけないと思っています。

一人ひとりが責任を持ってマナーやルールを守るということですかね。その場所の価値に見合った行動を、訪れる側も意識しなくてはいけない。

うちの地元は観光客が多すぎて嫌だと思われたくなくて、むしろその逆で、観光客が行き交うからこそ地元に新たな風が吹くような地域にしたいなと思います。住民にとっては住み続けたいし、観光客にとっても何度も訪れたいような、魅力あるエリアであり続けるために観光業が与える影響は少なくないと思います。DMOって、行政の観光部署と民間との間のようなポジションなので、そのメリット…公的機関の信頼性や、フットワークの軽さを生かして、いろいろな立場の方々を巻き込んでいきたいですね。 先ほどの二次交通の例で言えば、住民の福祉のための乗り合いタクシーを観光でも利用できる可能性はないか?とか。広く意見を聞きながら提案していきたいです。

プライベートでは何か、挑戦したいことなどは?

やっぱり奥入瀬関連になっちゃいますね。いずれお客様を最前線で迎えるようなことをしたいなと思っていて。去年から奥入瀬のガイド養成講座で学んでいます。奥入瀬の成り立ちや植生、知れば知るほど面白いですね。暇さえあればガイドさんと喋って情報収集したり、図鑑を眺めて、フィールドに出て答え合わせするっていうことにちょっとハマってますね。ガイドさん自体もみんな個性があって、皆さんそれぞれ全然違う考え方を聞くのも楽しいんですよ。

十和田は自然も人も、奥深い…。今も国内外からお客様がいらっしゃる十和田地域ですが、DMOや行政、地域の皆さんが力を合わせて、今後ますます魅力的なエリアになっていきそうですね。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

今回の取材場所

奥入瀬渓流館

〒034-0301 青森県十和田市奥瀬栃久保183内
https://oirase-towada.jp/
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