明治時代末期に文人・大町桂月によってその魅力が紹介されて以来、100年以上にわたって愛されてきた十和田湖・奥入瀬渓流の自然美。現在では国内だけでなく、海外からも多くのゲストが訪れます。今回の語LOGでは、そんな十和田の観光地域づくりを支える移住者にインタビュー。十和田奥入瀬観光機構でマーケティング責任者を務める河津さんが描く、地域と観光のこれからとは?
かわつ たくろう
河津 拓郎
1986年生まれ、青森県三戸郡南部町出身。八戸工業高等専門学校卒業。2007年、綜合警備保障㈱(現:ALSOK㈱)に入社。2013~2015年、在ルワンダ日本大使館にて現地の警備スタッフの指導などを担う。2019年、同社デジタルマーケティング室の立ち上げに参画。2021年4月より外務省に出向し、2024年3月まで南アフリカの在ケープタウン日本領事事務所に駐在。同6月、(一社)十和田奥入瀬観光機構に入職。データ分析に基づいたマーケティングに関する責任者(CMO)を務める。趣味はトレイルランニングとソロキャンプ。
(一社)十和田奥入瀬観光機構 https://www.towada.travel/
十和田に移住されるまでの経緯を教えてください。
前職は警備会社で、2013年から2015年まで、アフリカのルワンダに赴任していました。社内公募で選ばれ、現地採用の警備スタッフの指導を担当していたんです。
ルワンダというのは、また珍しいご経験ですね。
そうですね。実はこの経験が、自分にとって大きな転機になりました。当時、現地では青年海外協力隊の方々と接する機会も多く、「地域に関わる」ことの難しさを感じました。皆さん本当に熱心に観光や教育などさまざまな事業に取り組んでいましたが、うまく進まないこともあり苦労されていました。地元の人たちが主体的に動かなければ継続しないという現実を目の当たりにして、「外から来た人ができることって、なんだろう」と、自分の立ち位置を考えるようになったんです。
現場での葛藤があったんですね。
ええ。その時に真剣に地域に向き合う人たちを見ていて、ふと思ったんです。「なんで自分は地元にいないんだろう」「自分は、地元に対して何かしてきただろうか」って。そこからですね、地元に帰ることを意識し始めたのは。
帰国後はすぐにUターンされたんですか?
いえ、いったん本社の営業部門に戻り新商品の企画を担当したり、デジタルマーケティング室の立ち上げなどに関わりました。マーケティングの仕事は、数字やデータをもとに論理的に考えて結果を検証するスタイルが自分に合っていて、「これだ」と感じましたね。
マーケティングのお仕事には、理系的な思考が活きそうですね。
そうなんです。僕は八戸高専出身で、もともと数字を扱うことは得意でした。だからデジタルマーケティングの分析や企画はすごくしっくりきました。
そこから十和田への移住を決めたのは?
2021年からは外務省への出向で、南アフリカの在ケープタウン日本領事事務所に勤務していたんですが、2024年に帰国するタイミングで、父が他界して。母が南部町の実家で一人になったこともあって、青森県に戻ろうと決めました。ちょうどDMOで、マーケティングの経験を活かせそうな仕事が出ていたので、応募したという流れです。十和田は父の出身地でもあったので、何かご縁を感じましたね。
警備、海外勤務、マーケティングと、経歴だけ見るとユニークな組み合わせに思えますが…。
確かにそう見えるかもしれません。でも自分としては、全部つながっている感覚があります。どの経験も、今の自分のベースになっていますね。今思うと。
現在は、DMOでどのようなお仕事を担当されているのですか?
マーケティング全般ですね。具体的には、アンケート調査を通して来訪者の属性や動向を調査・分析して、そこから見えてきた課題や可能性を地域の事業者など関係者にフィードバックしています。「数字で観光を見る」仕事です。
マーケティングの専門性を活かして、まちの現状や動向を整理されているんですね。
はい。観光というと、華やかなイベントやプロモーションのイメージが強いかもしれませんが、その裏側にはちゃんと「根拠」が必要だと思っていて。例えば、「観光客は減っている」と感じても、データを見てみると実は宿泊数は横ばいだったり、「インバウンドが回復してきた」と言われても、国別で見ると意外な傾向があったりする。そういう事実を把握することで、前向きな議論や的確な施策につなげられると思います。
具体的には、どのような分析をされているのでしょう?
たとえば、どの地域からどのくらいの観光客が来ているか、いつ・どこに滞在しているのか、何を目的に来ているのか、といった動態データを分析します。繁忙期・閑散期を通じて情報収集を行い、時期や天候、イベントなどとの関係性を見ることも大切ですね。情報の量だけでなく質も重視しています。
現在、力を入れている取り組みには、どのようなものがありますか?
マーケティングって、目に見えにくい仕事なんですよ。データを集めて分析して、それをもとに提案をして…と、成果が出るまでに時間がかかります。でも、そんな中で分かりやすい取り組みとして、最近は十和田市の新しい広報ポスターに関連するプロジェクトに力を入れています。
どんなプロジェクトなんですか?
「飾らない十和田」がテーマです。これまでスポットライトが当たっていなかった街の中の日常、たとえば地元の方がよく行く温泉やカフェ、街角の風景を切り取った連作ポスターを制作しました。また、この展示会を開くと同時に、SNSで皆さんが知っている“飾らない十和田”を投稿していただき、良いものはポスターとして採用するキャンペーンを展開しています。まち歩きをしながらシリーズもののポスターを見て、楽しんでいただくとともに、SNSを活用したキャンペーンをすることで、市民を含めて十和田のまちに注目し、これまで人出が少なかったエリアの賑わい創出に繋がればいいなと思っています。リアルとSNSの相乗効果でにぎわいを生み出したいですね。
企画は河津さんがされたんですか?
もともと商店街の事業者さんが集まって中心市街地を活性化させる議論をおこなっていて、そこでは色々アイデアが出ていました。ただ、皆さん本業があるので、アイデアを形にするのが難しい場合もありましたが、そこで知り合ったこのプロジェクトに賛同・協力頂けそうな方に声を掛け、今回のポスタープロジェクトが実現したという経緯です。
今後、お仕事で目指していることはありますか?
マーケティングと並んで大事だと思っているのが「シビックプライド」(地域に対する誇りや愛着、参加意識)の醸成です。特に若い世代に、十和田の魅力を伝えていきたい。そのために広報活動や教育機関との連携を強化しています。
具体的にどのような活動をされていますか?
各高校がカリキュラムに導入している「総合的な探究の時間」で、生徒さんが地域支援プロジェクトを始めたのですが、その際の学校と地域事業者とのつなぎ役をDMOで担っています。今回は、「SNSを活用した地域活性化」を探求テーマに掲げる生徒さんのグループと飲食店さんをつなぎました。
DMOとは「Destination Marketing/Management Organization」の略で、「観光」と「地域づくり」を目的にした法人なんです。だから、教育機関・地域事業者・観光関係者を結ぶ「地域のハブ」になることは、まさにDMOのど真ん中の仕事。他にも高校でのワークショップで海外の事情や観光の仕事についてお話しさせていただいたり、青森大学で講師をさせていただいたりしています。若い世代の力を借りながら地域を盛り上げていきたいですね。
ここからは暮らしについてお聞きします。移住するときはどんなお気持ちでした?
家族がいるので、収入面や子どもたちの学校のことなど、不安はありました。転職も初めてでしたし、十和田は出身地ではないですし。
不安はどう解消されていったんですか?
解消というか…自分で決めたらやるしかない、という感じです。まず私一人が、家族と離れて先に引っ越す選択をしました。長女が「友達と離れるのが辛い」と言っていたので、家族は埼玉、私は南部町の実家から職場に通うことにして、約1年間、移住までの準備期間を取ってもらいました。今は十和田市内で家が見つかり、いよいよ家族で移住する段階に来ました。
ご家族が揃うのは楽しみですね。
そうですね。移住に関して、僕は家族を説得しないといけない立場だったので、家族が十和田に来たときには街の魅力を伝えるよう心掛けてきました。十和田は私にとって“ちょうどいい街”という感じがします。市街地には美術館やおしゃれなカフェもあるし、車でちょっと行けば大自然がある。そういう魅力をプレゼンしてきた約1年でした。
これまで過ごされてきて、十和田の地域性や市民性の特徴などは感じましたか?
青森県内に戻って来てから、十和田にしろ南部町にしろ、発見ばかりですよ。一度離れてみて、20歳までの学生の頃とは違う目線で地域を見られるようになりました。観光の仕事をしていることもあってか、地域の面白いところに目がいくようになったかな。
移住者であり、観光に携わる身でもある。あらためて見えてきた十和田の魅力とは?
自然と街並みの調和。ポスタープロジェクトのテーマに掲げたように、自然も街も“飾らない”ところが魅力です。地域の人が普段着で行く温泉は、まさに十和田の飾らない魅力が出ていると思います。市内の温泉から八甲田エリアの温泉まで、泉質が良い温泉が生活に根付いているって贅沢ですよね。そういう何気ない暮らしがすべて魅力的です。
暮らしの中に魅力がある。河津さんご自身、プライベートで楽しんでいらっしゃることはありますか?
温泉が大好きなので(笑)。週に1~2回は、どこか温泉に行っています。特に渓流を散策した後に温泉に浸かるのが好き。リラックスできる時間です。十和田湖にしろ奥入瀬渓流にしろ、十和田は水が豊かなところですよね。
実感がこもっていますね。アフリカで暮らされていたことも関係があるでしょうか?
おっしゃる通りです。海外に出て、温泉・風呂文化は日本固有のものだという実感は深くなりましたね。仕事帰りにお風呂道具を持ってふらりと温泉へ…なんていうのは本当に独特だと思います。
温泉以外では、街をぶらぶら歩き回るのも好きです。「この路地はどこに続いているんだろう?」みたいな感じで気ままに歩きます。フラッと一人でお店に入って、地元の方のお話を特に聞くともなく耳にしていたりします。
一人の時間を楽しんでいらっしゃいますね。
一人でちょっとした冒険をするのは好きですが、最近は地元の方とのつながりもできてきました。仕事で知り合って、プライベートでも親しくしてくださる方が増えてきましたね。休みの日に知人のお店に行ったりもします。
仕事とプライベートの境界線があまりない?
そうですね。仕事とプライベートを割り切らず、常に十和田のことを考えながら生活していきたいと思っています。たとえば、十和田エリアの温泉ってまだまだ知られていないので、その情報発信をやりたいと思っているんですけど、これをやったら地域にも良い影響があるかもしれない。そんなふうに思えることが、日々の原動力になっています。自分が楽しいことを追求しながら、それが仕事に繋がり、地域全体の活性化に貢献できるようなライフスタイルを作っていけたらいいですね。
暮らしを楽しむことがお仕事や地域活性化にもつながる。まさに地域に根差したライフスタイルですね。お仕事では、マーケティングは成果が出るまでに時間がかかるとのことでしたが、これからが楽しみです。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
今回の取材場所
14-54